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大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)247号 決定

抗告人 小山睦

主文

原決定を取消す。

抗告人を処罰せず。

手続費用は第一、二審とも国庫の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

非訟事件手続法第一二一条第一項は、法人の登記事項に変更を生じた場合の変更登記は

「理事………ノ申請ニ因リテ之ヲ為ス」と規定し、法人の設立登記を理事全員の申請によらしめている(同法一二〇条一項)のと対照的な規整をしている。この点からすれば、理事数人ある場合には、各理事がめいめい変更登記の申請義務を負い、これを怠れば各理事が過料の制裁を受けなければならないかのように解せられないではない。

そこで、法人の変更登記の申請義務者は何人であるかの問題についてみるのに、変更登記の申請は理事単独でなし得るといつても、それは理事が法人のために外部に対してなす事務の部類に入るから、法務局に対する変更登記の申請は、特に規定がないかぎり法人を代表し、かつ、その事務を執行しうる理事の職務権限に属することを予想するものというべきである。民法第五三条本文は「理事ハ総テ法人ノ事務ニ付キ法人ヲ代表ス」ると規定しているけれども、その半面において、定款又は寄附行為によつてこれを制限し得ることが認められている(民法五三条但書、五四条参照)。すなわち、理事数人ある場合、定款又は寄附行為をもつて、そのうちの一人を、法人を代表すべき理事(例えば理事長)、と定めることが法律により許されている。このような職務分担が定められた場合には、理事は、法人に対しては、定款又は寄附行為によつて定められた制限に従う義務があり(民法五三条但書前段)、その分担する業務につき、委任の本旨に従い、善良なる管理者の注意をもつて処理する義務を負うのである(民法六四四条)。もつとも、理事の代表権に加えたこの種の制限は、これを「善意ノ第三者」に対抗し得ないとされ(民法五四条)、したがつて、理事がかかる制限に反して行為した場合でも、対内的には代表権限の踰越として、法人に対する義務違反の責任を生ずることがあるとしても、対外的には依然として代表権の範囲内の行為として有効たることを失わない。しかし、この「善意ノ第三者」保護の規定は、商法第七八条第二項、第二六一条第二項と全く同列の規定であり、法人と取引する相手方の利益を擁護する趣旨であつて、畢竟取引安全保護の要請に基くものである。しかるに、法務局に対して変更登記の申請をする行為については、それが取引行為に属しないこと勿論であるから、かかる善意の第三者保護の規定を働かしめる根拠は全く存しない。そして変更登記の申請が法務局に対する理事の行政上の義務の履行であり、その義務の懈怠に対して過料の制裁を課せられるものであることを考えると、いかなる理事が変更登記の申請義務を負うかの問題は、変更登記の申請事務を処理する職務権限との関連において考察するのが、最も条理にかなつたものといわなければならない。なぜなら、定款又は寄附行為等によつて代表権したがつてまたこれに伴う事務執行を制限せられた理事が、その職務権限に属しない対法務局事務につき懈怠責任を問われて行政上の処罰を受けることは、矛盾であり、苛酷であるからである。したがつて、定款又は寄附行為により変更登記の申請という法人事務を処理する職務権限を有する代表理事だけにその行政上の申請義務を負わせるのが筋道といわなければならないし、かかる制限は、なんら前記非訟事件手続法第一二一条第一項の趣旨を没却せしめるものではないから、有効とすべきである。

この点について、他の場合の規整と比較検討してみるのに、民法の建前では、法人の清算人は、法人の機関として各自法人を代表し、清算人の代表権に加えた制限は善意の第三者に対抗し得ないこと、理事の場合と同様であるが、明治四四年法律第七四号による改正の結果、定款又は寄附行為をもつて代表清算人を特に定めている場合には、現任の当該代表清算人が清算人に関する変更の登記につき申請義務者とされている(非訟一二五条、一七七条、民法七四条但書、商法一二三条一項各号)。さらに、わが法(民法三三条)上、法人である民事会社(民法三五条、商法五二条二項)をはじめ合名会社や株式会社においては、変更登記の申請義務者は、以前は総社員又は総取締役とされていたが、現行法では、会社を代表すべき社員又は代表取締役とされている(非訟一八〇条、一八八条一項)。同じく法人である民法上の公益法人の理事について、これらと別異に扱う合理的根拠に乏しいのであつて、定款又は寄附行為の定める代表理事に変更登記の申請義務を負わせるだけで法の目的を達するのに必要にして十分な措置といわなければならない。

以上の考察に徴すれば、前記非訟事件手続法第一二一条第一項が法人の変更登記を申請すべき理事を単に「理事」と規定しているのは、法人の理事が各個に法人を代表して行為し得る職務権限を有するという民法の建前を前提とするものであつて、定款又は寄附行為によつて数人の理事の職務分担を設け、法人を代表すべき理事を特に定めている場合にあつては、当該代表理事だけが変更登記の申請義務者であると解するのを相当とする。

本件において、財団法人白楽天山保存会の寄附行為によれば、理事五名の中から互選で理事長一名を定めることとし(第一四、一五条)、「理事長はこの法人の事務を総理し、この法人を代表する」(第一六条第一項)と定められ、他の理事の代表権が制限せられていること、昭和三五年八月四日から同年九月一二日にいたる間の本件変更登記(新理事津知敏夫の就任登記)の懈怠期間中の理事長は桐山吾一であつて、抗告人ではないことが、本件添附の各書類により認められるから、本件変更登記の申請義務者は桐山吾一であつて代表理事でない抗告人はその申請義務者ではないといわなければならない。それゆえ新理事就任の登記を申請すべき義務のなかつた抗告人に、その義務を怠つたとして過料を科した原決定は、その他の抗告理由に対する判断をまつまでもなく、失当である。

よつて、原決定はこれを取消し、抗告人を処罰しないこととし、手続費用の負担について非訟事件手続法第二〇七条第五項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 沢栄三 裁判官 木下忠良 裁判官 石川義夫)

抗告の趣旨および理由

一、原決定(京都地方裁判所昭和三六年(ホ)第四一七号民法違反事件の昭和三六年九月一四日付決定)を取消す。

二、抗告費用及び原決定に関する費用は国庫の負担とする。

との御決定を求める。

一、本件原決定は非訟事件手続法第二〇七条に定められた手続によつてなされたものであるが右法条は次のような理由で憲法に違反するものものであるから、原決定はその効力を有しない。すなわち、

(一)憲法第三一条は何人も法律に定める手続によらなければ刑罰を科せられない旨を定めているのであるが、この規定は当該手続規定によれば、その手続規定が憲法に適合していると否とを問わず刑罰を科し得る旨を定めたものではなく、当該手続規定の法条が憲法のいづれの条項にも違反しないことを要するのである。

そして本件処罰の過料は強制的な財産罰であるから、その金額の大小にかかわりなく、憲法第二九条第一項が財産権を侵してはならないことを規定していることを考えあわせてみても、過料が行政罰であつて、司法罰ではないという理由だけでは憲法第三一条にいうところの刑罰にあたらないということは許されない。

(二)そこで非訟事件手続法第二〇七条が憲法に適合しているかどうかということを論究してみると、憲法第三二条は何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないと定めて国民が裁判所に於て民事刑事の裁判を受けて判決を請求する権利を保障し、憲法第八二条は裁判の対審及び判決は公開法廷でこれを行うと定めて、裁判の公正を担保しており、とりわけ憲法第三章で保障されている権利(憲法第二九条、第三一条の権利はその一である)が問題になつている事件の対審は絶対的に公開されなければならないこととなつている。本件登記に関する規定は非訟事件であつて裁判所が関与する行政事務であるとしても、原決定は裁判所の裁判官によつてなされた一の裁判であるというのに何の妨げあるいわれは存しない。さればその結果発生する事態、すなわち過料処罰は前記のように憲法第二九条第一項に定められた国民の財産権を強制的に侵すものであるから、非訟事件手続によるからといつて、或いは訴訟事件ではないからといつて、憲法第三二条第八二条の適用を免れ得るとは到底考えられない。原決定に対しては即時抗告特別抗告の途が開かれているとはいえ、公開対審の裁判を全く閉されているのであるから、このような審問非公開書面審査のみを以てする手続によつて強制的に財産罰を科するは違憲というのほかはない。

(三)尤も原決定は既判力を有せず、又一の行政処分的性格を有するものであつて、固有の意味の裁判ではないから別訴を提起して原決定の効力を争うことができるとする仮定の下に本件原決定を違憲ならずとする論も提出されるかも知れないか、原決定が一の行政処分的性格を有するものなりとしても裁判官によつてなされた一の裁判であつて、行政処分ではないことは明瞭であり、裁判官は行政官のような広汎な裁量を以つて便宜主義的に事案を処理する権能を有するものではなく、厳正に法律を適用して判断しなければならない職責を有するものであるから、三権分立制の本義に徴するも原決定を一の行政処分なりとすることはできないばかりでなく、別訴を提起してこれが救済を求めるためには、多大の費用と手数を要するという大きい犠牲を払わねばならないところ、このような大きな犠牲は憲法の要求する公開対審の裁判を受ける権利の行使を拒否せられた結果として発生した不当な不利益であつて、何人も之を甘受しなければならないいわれは存しない。又仮りに別訴を提起して原決定の効力を争うとしても、別訴の提起は直ちに且つ当然に原決定の執行力を排除もしくは停止するものではないから、過料徴収の執行を受けるという損害を蒙ることとなり、このような損害も亦憲法の要請する対審公開の裁判を拒否せられた結果に外ならず、殊に本件のように少額の過料について多大の費用を要する別訴を提起する愚を敢てするものはないこと必然であることを考えてみるならば別訴を提起して原決定の効力を争い得るというは原決定を違憲ならずとする理由たり得ないのである。

(四)以上のような理由で原決定は憲法第三二条第八二条に違反して非公開に終始する非訟事件手続によつて憲法第二九条第一項に保障された財産権を強制的に侵害する処罰を裁判したものであるから効力を生ずるによしなく、憲法第三一条に違反しているものとして取消を免れない。

二、原決定の依拠した非訟事件手続法第二〇七条が憲法の条項に適合しているとしても、原決定は次のような違法がある。

(一)原決定は京都地方法務局より原審裁判所に提出された通知書に基き、抗告人に陳述書を提出させてなされたものであるところ、右通知書は、唯、法定期間内に登記申請がなされなかつた事実を裁判所に通知したにとどまり、同通知書に記載された民法の条項を適用して過料処罰を求める旨の文言の記載はない。原決定は訴えなければ裁判なしの原則に反し当事者の申立てない事項について裁判をなした違法がある。

もし原決定が裁判所の職権を以つてなされたと仮定して考えてみても、非訟事件手続法は第二〇七条第一、二項に於て法定期間内に登記申請を怠つたとき等に裁判所が過料の裁判をするには理由を附した決定を以つてなすべき旨を定めたにとどまり、かかる裁判をなすは裁判所の職権を以つてなすべき旨を定めたものではないから、裁判所が登記申請の怠られた事実を知れば何らの申立なく、過料に附することのできるとする法律上の根拠に乏しい。

(二)仮りにそうでないとしても民法八四条第一項の規定は法定期間内に登記申請を怠つた登記義務者に対しては必ず過料処罰をしなければならないとする法意ではなく、過料を科するや否やは裁判所は広汎な裁量権を有すると解するを相当と信ずる。本件登記申請の懈怠の結果、何人にも実害を与えた事実がないにもかかわらず杓子定規に機械的に民法第八四条第一項を適用した原決定は裁量権を濫用した違法がある。

又本件登記懈怠については昭和三十六年四月十九日附を以つて申立外福井秀一外三名が過料処罰の決定を受けているのであるから、原決定は一事不再理の原則に反した違法がある。

(三)仮りに百歩を譲り、右の(一)(二)の主張が容れられないとしても、本件のような理事変更にかかる登記申請は本件法人のように理事が数名あるときは理事全員の申請によらなければならないものではなく、そのうちの一名が登記申請をすれば足りるのである。そしてそれは数名のうちの誰が申請してもよいのであるが、第一次的に登記申請の義務ある者は法令もしくは定款によつてその法人を代表すると定められた理事である。

本件法人にあつては理事の互選によつて理事長一名、常任理事一名を選出し、理事長が法人を代表することと定められている。昭和三五年七月二〇日開かれた理事会に於ては申立外桐山吾一が理事長に選出されているのであるから、裁判所が敢えて民法第八四条の規定を以つて登記申請懈怠の責めを問うものならば同人のみを処罰すれば足るにもかかわらず、本件法人においては寄附行為中に法人を代表する理事の定めの有無、及びこれあるときは誰がその任にあつたかについて審問することなく、たやすく漫然と抗告人を処罰した原決定はもとより失当であつて取消を免れないと確信する。

参照判例

大審院明治三五年(ワ)第一七号 同年六月四日第二民事部決定

「非訟事件手続法第一二〇条第一項ニハ「法人ノ設立ノ登記ハ理事全員ノ申請ニ因リテ之ヲ為ス」トアルヲ以テ本項ノ申請ハ理事ノ全員ヨリ之ヲ為ササル可カラサルコト明瞭ナルモ第一二一条第一項ニハ「云々其他登記事項ノ変更登記ハ理事云々ノ申請ニ因リテ之ヲ為ス」トアリ第三項ニハ「前ニ登記ノ申請ヲ為シタル理事云々第一項ノ申請ヲ為ス場合ニ於テハ其資格ヲ証スル書面ヲ添付スルコトヲ要セス」トアルニ因レハ本項ノ登記ハ理事全員ノ申請ヲ要セス其内一名ニテモ之ヲ為シ得ルノ律意ナリト解セサルヘカラス然レトモ法律ハ登記申請ヲ為スヘキ義務者カ其義務ヲ怠ル場合ニ之ヲ罰スルノ精神ナルヲ以テ如何ナル場合ニモ一名ニテ之ヲ為シ得ルモノト定ムルヲ得ス故ニ理事数名アル場合ニハ法律上又ハ定款上何人又ハ何名カ其義務ヲ負担スルモノナルヤヲ定メ以テ処罰スヘキ者ヲ決定セサルヘカラス本件津軽産業会ノ定款ヲ閲スルニ其第十条ニ「理事長一名平常本会ノ事務ヲ総理シ議事ノ時ハ議長タルヘシ」トアルヲ以テ理事長ハ平素会務一切ヲ処理スルノ権アルモノナルニ依リ本件登記申請ノ如キモ亦理事長ノ職務トシテ為スヘキモノナルコト明瞭ナリ然レハ本件ノ如ク民法第四十六条所定ノ登記申請ヲ怠リタル場合ニハ現任理事長タル菊地盾衛ヲ罰スヘキ筋合ニシテ抗告人マテモ之ヲ罰スヘキモノニアラス然ルニ原裁判所ハ抗告人等ヲ処罰シタル第一審決定ヲ認可シ抗告ヲ棄却シタルハ不当ナルヲ以テ原決定ヲ廃棄シ主文ノ如ク決定スルモノナリ」(民録八輯六巻九頁、民抄録三巻二四二二頁)

右のように原決定は違憲なるか然らずとするも違法であるからこれが取消を求めるため本件抗告申立に及んだ。

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